ときめき恋する百人一首 五月 皐月

埼玉県富士見市で小倉百人一首、競技かるたをするなら『ちはやふる富士見』東武東上線沿線の方はぜひご連絡してください。きっと楽しいよ。見学大歓迎。初心者から有段者まで…かるた仲間を募集中です。お気軽にご連絡してください。
初心者から有段者まで、子どもから高齢者まで…百人一首、競技かるたを一緒に楽しめる仲間を募集中です。お気軽にご連絡してください。見学大歓迎。また、子ども達にかるたを教えて頂ける方も同時募集中です。

 ■今月こんげつの恋こいの歌うた

瀬せを早はやみ岩いわにせかるる瀧川たきがはのわれても末すえに逢あはむとぞ思おもふ

(意味いみ)川瀬かわせの流ながれは速はやく、たとえ岩いわで流ながれが分わかれてもすぐ合流ごうりゅうする。その川かわのように一度仲いちどなかを引ひきさかれた相手あいてと、必かならず一緒いっしょになろうと思おもう。

引ひき離はなされた恋人こいびと

言葉ことばだけをみると川かわの流ながれを詠よんだ歌うたのように見みえますが、百人一首ひゃくにんいっしゅの中なかでも恋こいの歌うたの代表格だいひょうかくです。その理由りゆうは意味いみが分わかりやすいからでしょう。

一度分いちどわかれた川かわの流ながれが下流かりゅうで合流ごうりゅうする情景じょうけいが頭あたまに思おもい浮うかびます。その情景じょうけいのように、一度引いちどびき裂さかれた恋人同士こいびとどうしも将来必しょうらいかならず一緒いっしょになりたいという思おもいは、誰だれもが共感きょうかんしやすいはずです。

恋こいに邪魔じゃまはつきもの。どんな恋こいにも困難こんなんはあり、時ときには心こころならずも引ひき裂さかれてしまいます。そこで簡単かんたんにあきらめてしまうなら、恋こいとは呼よべないのでしょう。今いまも昔むかしも変かわらぬ「恋こいのかたち」を描えがいた歌うたに見みえます。

作者さくしゃの崇徳院すとくいんは天皇てんのうを退位たいいさせられるなど、不遇ふぐうな生涯しょうがいを送おくりました。そのため、この歌うたには作者さくしゃの無念むねんの思おもいが込こめられている、という解釈かいしゃくもあります。しかし歌うただけを見みれば、困難こんなんを必死ひっしに乗のり越こえようとする、愛あいし合あう男女だんじょの自然しぜんな思おもいを詠よんだ歌うたのように感かんじられます。

取とり方かたのポイント◇

 

本文の続きはこちら(毎日新聞)