少し前の記事ですが、「今宵はゆったりと百人一首に想いをはせるのもいいかも」という方にぴったりの内容でしたのでご紹介します。(笑)
この季節の澄んだ月は私たちをちょっぴり切ない気持ちにさせる力を持っているような気がします。今日、10月4日は旧暦の8月15日、中秋の名月にあたります。一年で一番美しい月を眺めることができる夜ですね。
古来、儚い想いを月に重ねて歌にしてきた日本人。愛しい恋人がいる人、切ない片思いまっただ中の人、過去の甘酸っぱい思い出に胸がチクリとなる人。今日も日本中でたくさんの恋の物語が始まったり、終わりを迎えたりしたことでしょう。多くの恋が一筋縄ではいかないのは、今も昔も変わらぬこと。今夜はちょっと肩の力を抜いて、お月さまを眺めてみませんか?
センチメンタルで美しい夜にぴったりな月にまつわる和歌を、百人一首の中から四首紹介したいと思います。
■恋人と別れ話をしたあの場所は、今でも無意識のうちに避けてしまう
有明の
つれなく見えし
別れより
暁ばかり
憂きものはなし
壬生忠岑(みぶのただみね)/『古今集』恋三(六二五)
【訳】冷ややかな素振りの明け方の月が空にかかっていたあの別れから、私にとって夜明けほどつらいものはない。
この時代の男性は日が暮れると女性のもとを訪れ、甘い夜を過ごしても日の出以前には女性のもとを去らなければなりませんでした。その名残惜しい明け方の月は恨めしく、恋が終わっても明け方の月を見上げるとその時の感情を思い出してしまう、という歌です。過去に恋を置き去りにしてしまった男性の心理が染みるように伝わってきます。
■着信がないのに携帯を見ては、やっぱりため息
やすらはで
寝なましものを
小夜更けて
かたぶくまでの
月を見しかな
赤染衛門(あかぞめえもん)/『後拾遺集』恋二(六八〇)
【訳】最初からいらっしゃらないと分かっていたら、ためらうことなく寝てしまったでしょうに。あなたを待っていたばっかりに夜が更けて、西の空に傾く月を見たことです。
今来むと
いひしばかりに
長月の
有明の月を
待ち出でつるかな
素性法師(そせいほうし)/『古今集』恋四(六九一)
【訳】すぐに行くとあなたが言ったばっかりに、毎晩待っている私。とうとう九月の月が出てしまったよ。
どちらも、恋人が通いにやって来なかったときの切ない女性心理を詠んだ歌ですね。来なかった恋人に対する皮肉を込めながら、かといって好きな人を責めることもできずに、宙ぶらりんの心境を月に重ね合わせるところがいかにも「恋」といった感触でとても奥ゆかしい歌です。募る期待と、少しの諦めが混ざり合ったような、メランコリックな乙女心に共感を禁じ得ません。
■満月よ照らせ、僕のくだらない涙
嘆けとて
月やはものを
思はする
かこち顔なる
わが涙かな
西行法師(さいぎょうほうし)/『千載集』恋五(九二九)
【訳】月が私に嘆けと言って、もの思いをさせているのだろうか。いや、そうではない。それなのに月のせいにして、こぼれ落ちる私の涙であることよ。
最後は大失恋の歌です。これは男の恋わずらいの涙を詠んだもの。男にだって、恋にやぶれてめそめそと泣く夜はあるものです。しかしこれもまた男心と言いましょうか、失恋でズタズタに引き裂かれてもなお、「たかが恋愛でくだらない」と、素直に泣くことを許してくれないプライドが存在するのです。そこで「この涙は美しい月のせいだ」と、違うと分かっていても自分に言い聞かせてしまう。それでも止まらない自分の涙に、「ああ、俺、本当にあいつのことが好きだったんだな」と。そんな不器用で純粋な男性心理が絶妙に描写された傑作と言えましょう。
先人たちが編んだビタースイートな恋の物語、いかがでしたか?この時期になると、「月と恋」はとても繊細で美しい組み合わせであると感じさせられます。
酸いも甘いも、恋の経験はその人をより一層魅力的にしてくれるスパイスでもあるのです。慌ただしい日々をお過ごしの方も、素敵な和歌を添えて今夜くらいはゆっくりと月を眺めてみるのはいかがでしょうか。
文=K(稲)
参考文献『百人一首』(監修:吉海直人/成美堂出版)