百人一首や枕草子にヒトの不変を読む
第74講(下記参照)では、身近なものからの探究ということで「紅葉」を取り上げました。百人一首でも桜の歌5首に対し、紅葉の歌は6首。僅差ですがトップなのです。
なかでも「奥山に 紅葉(もみぢ)ふみわけ なく鹿の こゑきく時ぞ 秋はかなしき(*1)」には秋の色、音、情感のすべてが揃っており、秋を詠んだ句として最高、ともいわれます。
中学生になって初めて古典に触れたとき、まず驚いたのは、それが理解できる・共感できる、ということでした。
「ちいさきもの」を「かわいい」と思い、「春はあけぼの」を「をかし」と謳う枕草子に共感できるということは、少なくともここ千年、人の情の本質は変わらなかったということです。
百人一首は、その43首が恋の歌といいます。他にも四季を歌ったものが32首。でも、あえて分類すると、ただの恋心や自然賛美ではなく、多くが相手や左遷への恨み節だったりします。組織や上司が悪いとか(笑)
*1 伝説の歌人 猿丸大夫の作とされるが、初出の古今和歌集では詠み人知らずとなっている。
「恨みわび 干さぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ」相模(さがみ)
「契(ちぎ)りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり」藤原基俊(もととし)
相模の歌は、強烈です。恋のために、身も心も、そして自分の名声までもが朽ちようとしているのが悔しい!というもの。歌人として名を上げ、夫の任地名で呼ばれるようにもなりましたが、その後離婚。代々の勅撰(ちょくせん)集に百首余の歌が入る著名歌人の代表作です。発表した歌会でも大騒ぎになったとか。
藤原基俊は道長のひ孫ですが出世はできませんでした。この歌はなんと、息子の裏口入学(のようなもの)を権力者(*2)に頼んで快諾を得た(契りおきし)のに、それが反故にされた、あー悔しい、というものなのです。
*2 時の権力者は藤原忠通。ちなみに小倉百人一首では、基俊の前にライバルの源俊頼の歌が、後ろにその藤原忠通の歌が置かれている。百人一首、恐るべし。
ヒトの心の変わらない部分、が、こういったところから見て取れます。
2700年変わらない「イマドキの若者」論
紀元前400年頃に書かれた……
興味深い記事でまだまだ続きますが、本文の続きはこちらから(ダイアモンドオンライン)
※『ヒトの不変と変化を古典に学ぶ』第74講はこちら