インタビュー・会いたい人 競技かるた永世名人 西郷直樹さん

競技かるた名人位14連覇の秘密と、魅力について語る西郷直樹さん=東京都墨田区で、昭和女子大・小林千尋撮影
競技かるた名人位14連覇の秘密と、魅力について語る西郷直樹さん=東京都墨田区で、昭和女子大・小林千尋撮影


礼節重んじ自分に正直に 「畳の上の格闘技」で伝説つくる

一瞬の無音ののち、読み手が音を発した瞬間、静寂を裂くように、畳の上に並べられた札が飛んでゆく。近年では広瀬すずさん主演の映画「ちはやふる」や、「名探偵コナン」の題材になった「競技かるた」。その日本一を決める大会が名人戦・クイーン戦だ。西郷直樹さん(40)=六段=は、名人戦で大学2年生から前人未到の14連覇を成し遂げた永世名人だ。強さの理由を聞くべく、西郷さんの後輩の記者が、会いに行った。【早稲田大・今給黎美沙】

「今日はよろしくお願いいたします」と現れた西郷さん。柔和な笑顔からは、まさかこの人が「畳の上の格闘技」と評される競技かるたで、伝説を作った人だとは想像できない。

競技かるた男女の日本一を決める大会が毎年1月に近江神宮(大津市)で行われる、最高峰の名人戦・クイーン戦だ。東西の予選を勝ち抜いた挑戦者と、前年度の優勝者がその年の名人位・クイーン位を懸けて戦う。その中でも、名人を連続5期・または通算7期務めた者に贈られるのが、「永世名人」の称号であり、過去4人しかいない。

西郷さんが競技かるたを始めたのは小学校1年生の時。小学校の担任に教えてもらっていた三つ上の兄の影響だった。かるたが盛んな地域ではなかったものの、始めるなりめきめきと成長。兄と競いあうように自宅で練習を積み重ねた。その結果、小学校5年生のころには最高位のA級に昇級していた。中学・高校でもかるたを続け、全国優勝を何度も成し遂げた。

東京へのあこがれから、早稲田大学へ進学。大学時代は、教育学部で生涯教育を学んでいた。「別に教員になりたかったわけではなかったんです。そのかわり、アルバイトは頑張っていました」。一番楽しかったのは、かるた会の練習後の飲み会。「練習は面倒くさいので行かず、アフターだけ出ていたこともありました」という。

大学1年生で初めて名人戦東日本予選に出場した。しかし、そこで準決勝敗退、悔しさを味わう。「もうちょっと頑張れば行ける」。その思いで、翌年の1999年、初めて名人位を勝ち取った。「逆転勝ちなので、ものすごく達成感があった」と西郷さんは当時を振り返る。

それからの数年は、負けなしの強さ。5回戦のうち、先に3勝した方が勝ちとなる名人戦で、9連覇を達成した。「挑戦者の方がみな先輩だったので、むしろ自分がチャレンジャーのつもりで遠慮しなくてよかった。勝つにしても、しっかり勝とう、と思っていた」という。

しかし、10連覇が懸かった2008年、初戦で黒星をつけた。それでも、「1本落としてからは負ける気がしなかった」と語る。冷静に状況を読んでいるため、試合中に焦ることはほとんどないという。10枚近い差で負けていても、逆転勝ちできたこともあった。

14連覇を達成した2012年の第58期名人位決定戦。三好輝明七段(右)との対戦に臨む西郷直樹六段=大津市の近江神宮で2012年1月7日、石川勝義撮影
14連覇を達成した2012年の第58期名人位決定戦。三好輝明七段(右)との対戦に臨む西郷直樹六段=大津市の近江神宮で2012年1月7日、石川勝義撮影

柔軟性と思い込みを武器に

強さの秘密はどこにあるのか。「相手の動きに対応して、出た札をとにかく取る」のが自分のモットーと語る西郷さん。特徴は、この札は自陣のここに置こう、という定位置がほとんどないことだ。多くのかるた選手が決めている中、珍しいことだといえる。「柔軟性とどんな時でも勝てると思い込むことが自分のかるたの一番の武器です」

さらに西郷さんは「油断しないこと」と「体調管理」を挙げる。名人戦・クイーン戦では、90分近い試合を1日に5試合こなすこともあり、卓越した集中力に暗記力、体力などさまざまな力が要求される。そのために「その瞬間の一瞬でも気を抜いてしまっては負けてしまう。出る以上は負けたくないので勝てる方法を考えている」そう。

また、体調管理は高校時代、はしかに感染して病み上がりで大会に出場した結果、負けてしまったという経験から気を使うようになった。名人位当時は、大会へ向けた練習が始まる秋口からベストの体重に減量していたという。また、食事をとる時間がない大会スケジュールに合わせ、普段から昼食を抜いた生活を今でも送っている。しかし、「それでもお酒は飲んでいました」と笑う。

在位14期で若い人たちにもチャンスを与えたい、と大会を辞退してからは、後進の育成に取り組んでいる。その一つが、現在暮らしている静岡県で開いているかるた教室だ。その際に一番意識して教えているのは、「シンプルに考えること」。勝ち負けにこだわるのではなく、礼節を大切にすること、そして自分に正直に、うそをつかないこと、といったことだ。かるた以外にも人として大切なことばかりだ。

「かるたは年齢、性別による差が少なく、誰にでも勝てるチャンスがある非常に面白い競技」と西郷さんは語る。競技かるたは単純明快でありつつ奥深い競技。記者も競技かるたをやるようになって2年がたつが、まだまだその魅力の一部もわかっていないのだろう。

「最後に勝負を左右するのは才能ではなく、練習と運。頑張ってください」。かるたをやっている人へ、西郷さんからのメッセージだ。王者の言葉に、背中を押された気がした。あなたもやってみたらどうだろう。


■人物略歴

さいごう・なおき

1978年生まれ、大分県出身。早稲田大学教育学部2年次在学中に第45期名人戦で、史上最年少で名人位を獲得。現在、会社員をしながらかるた教室を開催。趣味は3人の子どもたちと遊ぶこと、料理。

 


■ことば

競技かるた

小倉百人一首のうち、ランダムに選んだ50枚の札を、25枚ずつ自陣と相手陣に置き、取り合う競技。1対1で向き合い…

 

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