競技かるたに魅せられた、ハンガリーの女子高校生と日本人教師の挑戦


前回に引き続き、海外での競技かるたに関する記事です。。


百人一首を題材にした、若い女性を中心に大人気の『ちはやふる』。
少女漫画といえど、百人一首の競技かるた(以下、競技かるた)※1 に情熱を注ぐその青春ストーリーは、躍動感に溢れ、日本中、さらには海外からも脚光を浴びています。
“ちはやふる効果”は絶大で、ヨーロッパでも少しずつ認知度が上がっている『競技かるた』の存在。

競技かるたの存在は知られ始めてきているものの、ヨーロッパの小国ハンガリーでは、まだかなりのマイナー競技。
そんなハンガリーで今、この競技かるたに熱中し、夢を抱く人たちがいるんです。

今回は、競技かるたに魅せられたハンガリーの女子高校生たちと、彼女たちを支える一人の日本人の先生にスポットライトをあてていきます。

※1  競技かるたとは、小倉百人一首を用いて、全日本かるた協会が定めた規則に則って行う競技。

ハンガリーの女子高校生たちがハマったニッポンの文化

今回の舞台は、ÚJPEST ( ウーイペシュト )と呼ばれる、ブダペスト 4 区の区立 Bits Mihály Gimnázium。
Bits Mihály Gimnázium※2 (以下、バビチ・ミハーイ高校)は高校に分類されていますが、この学校には10歳から18歳までの生徒が在籍しています。

※2 ハンガリーのGimnázium ( ギムナジウム ) とは、普通高等学校を意味します。普通教育と同時に大学受験資格取得のための教育が実施され、大学受験の準備が行われる教育機関。

バビチ・ミハーイ高校では、生徒たちが数多くの言語の中から好きな言語を選択することができるのですが、その中にハンガリーの高校では珍しい日本語の授業があるんです。
日本語を学習したいという目的で、毎年、こちらの高校には多くの生徒がやってきます。

日本語コースには日本への関心が強く、日本の漫画やアニメをはじめJ-POPといった現代文化、日本古来の伝統文化と多様な日本の姿に興味をもっている高校生がたくさんいます。

ちなみに先日、テレビ東京のバラエティ番組「世界!ニッポン行きたい人応援団」で、長崎の伝統芸能「長崎くんち」に熱中しているバビチ・ミハーイ高校の生徒たちが取り上げられました。

そんなバビチ・ミハーイ高校に在籍中の女子高校生たちが、日本のある文化に魅せられ情熱を傾けているという情報を聞きつけ、筆者は早速、彼女たちの元を訪ねてみることにしました。


ニッポンの言葉美に魅せられた、女子高校生たちの夢

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今回取材した女子高校生たちが魅せられたもの、それは競技かるた。
ハンガリーでは馴染みの薄い競技かるたですが、同校の生徒たちは『ちはやふる』を読んで、競技かるたの存在を知ったそうです。

彼女たちが競技かるたを好きになったきっかけは漫画でしたが、実際に百人一首の音の響きや日本語の美しさを感じ、競技としてのかるたにいっそう魅せられたとのこと。
そこで、彼女たちがとった行動とは、ハンガリーでは異例の『競技かるた部』を設立することでした。

現在の競技かるた部の部員数は、マネージャーを除き女子5人。
部となるにはかなり少ない部員数ですが、校内で学年を越えて生徒たちが集まり、さらに部として活動することは、部活動という文化がないハンガリーではとても異例なことなんです。

部員は少ないながらも、互いに切磋琢磨し個性的な学習方法を編み出す高校生たち。
最初のうちは、句を覚えることで精一杯。
なかには、自分の知っている日本語とハンガリー語で似た音を持つ言葉を関連させ、リズムで覚えたという部員もいました。

百首を覚えた生徒たちは、今、各々の句にどんな意味があるのかを勉強している段階です。
日本語学習歴もまだ浅い彼女たちが、日本人でも分かりづらい古典表現で書かれた百首すべてを覚え、意味を理解しようとする努力は計り知れません。

ハンガリーではまだまだ、とてもマイナーである競技かるた。
部員たちが一生懸命頑張ったところで、ハンガリーで競技かるたの公式戦に出られるわけでもありません。
彼女たちは何にモチベーションを感じて競技かるたの練習に励むことができるのか、フィノマガジン読者の皆様も気になりますよね。

そこで、筆者は部員たちに聞いてみました。

Q.「目標は何ですか?」

彼女たちから返ってきた答えは、

A.「日本へ行きたい!!日本で競技かるたの大会に出たい!!」

でした。

日本にいる高校生になら、“頑張ればきっと出られるよ”と、筆者はそう答えたかもしれません。
しかし、ハンガリーから遠く9000キロ以上離れた日本へ試合に行くというのは、練習を頑張るだけでは実現が難しいのが現状です。

この厳しい状況の中で、女子高校生たちをサポートする一人の高校教師にお話を伺うことができました。


先生の挑戦と葛藤

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©2016FinoMagazin 生徒さんに一枚取られて、悔しいながらも成長ぶりに微笑む先生

 

「競技かるたは、私にとっても楽しいんです。それに私は負けず嫌い。先日、生徒に負けて悔しくて!!」

と、笑顔で取材に答えてくれたのは、バビチ・ミハーイ高校・競技かるた部顧問の佐藤節子先生。(以下、節子先生)

節子先生は、ハンガリーの首都ブダペストにある同校 ( Babits Mihály Gimnázium ) の日本語コースで、教鞭をとられています。
取材中も生徒たちの練習に混じって、手加減なしの真剣勝負を繰り広げるほど、先生ご自身も競技かるたに魅せられたお一人です。

実は、節子先生も生徒たちが読み耽っている『ちはやふる』に感動し、生徒たちの「かるたをやってみたい!!」という気持ちに共感されたそう。
そこで、節子先生は生徒たちとともに、ハンガリーの学校では非常に珍しい部活動として「競技かるた部」を今年1月に立ち上げ、部員たちが競技かるたに打ち込める場を作るため、日々、奮闘されているのです。


ハンガリーで、部活動を理解してもらうために

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今回、筆者が取材したのは、学校も夏休みの8月上旬。
取材時は、この夏休みを利用して初開催された競技かるた部の合宿中でした。

【以下、佐藤節子先生インタビュー】


 

本当は、学校で定期的に集まれるといいんだけど、現段階では家での自習練習がほとんど。
ハンガリーでは部活動というのは一般的に存在しないので、今の高校の時間割で放課後に学年を越えて集まるのは難しいですね。

残念ですが、部のためにハンガリーの教育制度の中で考えられた時間割を組みなおすことは困難。
何とかチームとして練習ができる環境をつくれたらなと、この夏は合宿をすることにしました。

生徒たちと寝食をともにして、競技かるたの練習をするのは私も楽しいんだけれど、合宿をするにも費用がかかるから資金調達にも一苦労。
ここに至るまで、何度も心が折れそう?折られた?こともありましたよ。(苦笑)
でもやっぱり、私自身も楽しいから続けられるんでしょうね。

9月からの新学期に向けて生徒たちと話し合い、空いている時間を探し出して子どもたちが少しでも学校で集まって、チームで練習できるようにしたいなと思います。


ハンガリーで部活動を支える覚悟と勇気

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©2016FinoMagazin 合宿中、先生は早起きして百人一首のお勉強

 

日本では近年、部活動の顧問制について先生の負担が大きすぎることや部活動の意義が問われていますね。
しかし、部活動の経験を通して人生観を変えていく子どもたちがいるのもまた事実。

もちろん節子先生は、ご自身で納得されたうえで生徒たちと立ち上げられたわけですが、ハンガリーで部活動を理解してもらう、もっと言えば協力してもらうことに頼む側も頼まれる側にも躊躇が生じるのです。
その背景には、ハンガリーの経済事情が隠されていました。

ハンガリーでは、義務教育期間中の授業料は0円、さらに、成績が良ければ大学進学はなんと無償!
生徒たちにとっては大変有り難い制度ですが、その一方で、学校の教職員たちの給料事情はというと、公立学校教員の平均月収を見ても162,000 HUF ※3 ( 6万5千円以下 )と低いのです。
部活の概念がないハンガリーには、顧問を請け負う先生に対する少ない手当すら存在しないので、勤務時間外で生徒のサポートをするには相当の覚悟と勇気が必要ですよね。

※3 HUF…ハンガリー現地通貨フォリント / 2015 年ハンガリー全国の平均月収 168,000 HUF

そんな状況の中、学校で子どもたちが集まれるようにしたいと話す節子先生の言葉には、ご自身が競技かるたにハマっているというだけでなく、教師として、また、生徒たちと同じ年頃の娘を持つ母親としての想いが込められているようでした。


みんなの夢が、ハンガリーとニッポンを繋ぐことを願って

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2012年には日本国内で、全日本かるた協会初となる国際大会が開催されました。
海外でも『ちはやふる』の影響が大きく、かるたの競技人口が増えつつあります。

 

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